勘違い野郎が多過ぎるので書く。

成功は、仕事も趣味も遊びも恋も、
セルフイメージが全て。

セルフイメージとは、

自分が思う自分の姿
であるが、

要するに在り方:beingness

多くの人は、
セルフイメージに余計なものをくっつける。

年収とか、
学歴とか、
名刺の肩書きとか、
大学生であるとか、
主婦であるとか、、、

しかし、

それらは単なる
「役割」や「状態」であって、

自分自身ではない。

在り方は、
役割や状態には左右されない。

「自分はできる」と、
自分で思えている人は、
何をやっても大抵うまくいく。

逆に、
「自分はできない」と
思ってしまっている人は、
何をやってもうまくいかない。

特に恋愛では顕著だ。

やる事や、やり方の
良し悪しはあるにせよ、

大元の根っこになるのは
やる本人である。

本人がどうしようもなかったら、
何を与えても改善や解決は難しい。

ギャンブルジャンキーの
大借金を助けようと、
お金を渡しても、
そいつはその金を握りしめてスロット打ちに行く。

まして、
この本がとてもお勧めだと言っても、
聞く耳持たない。

逆に、
自他への貢献の気持ち高い人に
お金を渡せば、
たとえ自分に戻らなくても
何らかの形で社会に建設的な使い方をする。

この本がとてもお勧めだと言えば、
既に読んでいるか、
さらなる良書を進めてくれることもある。

ここで例に出した、

お金、本、
という、

どちらも同じものなのに、

人次第で
まるで別の扱われ方になる。

この違いを産むのがその人の
「セルフイメージ」なのだ。

最近読んだ記事から流用すると、


いろんな人を指導してきたが、
成功する人は
元々セルフイメージの高い人がほとんど

という話しがある。

私もこれは同意せざるを得ない。

これまでの
【育ち】や
【自助努力】の部分は、

他人がいくら教えても
変えるのは難しい。

逆に、

たとえ一時的に落ちこんでても、
育ちや過去の自助努力が素晴らしければ、

ちょっとしたヒントで
セルフイメージが過去の輝く頃に戻り、
大きく跳ねたりする。

そんなものだ。

他人の言葉や教えはヒントでしかなく、
自分で変わるしかない。

それすら耳に入らないなら、
その言葉が自分のセルフイメージと
かけ離れ過ぎた内容だから、
そもそも理解不能で、見ても見えていない。

というわけで
セルフイメージを上げよう、という話しが
ちまたでされる訳だが、

「意識高い系」はバカなので
この言葉もまた勘違いをして嫌われる。

あなたも、そんなヤツに会ったことが
あるかもしれない。

セルフイメージは、
上げるというよりは、「上がる」ものだ。

もっと言うと、

本来の姿に戻るだけだ。

くだらない荷物を下ろし、
汚い鎧をはぎ取れば、

誰でも、
内側の魂(ソウル)の輝きが
外から見えるようになる。

他人がそれを見たとき、

「あの人はセルフイメージが高いね」

と、いうことになるのだ。

手前味噌だが、
私は年収ゼロ円の時から「王子」

どこの王子なのか
なんの王子なのか、

意味不明なのだが、

ともかく王子なのだ。

だから、

預金が200億円だろうが
200円だろうが、

王子であることは変わりがない。

私は王子だから、
大人数の前で話しても緊張はゼロである。

むしろ、
貢献の場ができて嬉しい。

王子だから、
たとえ初めてだとしても同じ。

なお、初めては高校生の時なので、
あまり参考にはならないかもしれないが、、、

写真は昨日のイベント。

こういうものが、
本当のセルフイメージ、である。

革命やらなんやらで
身分を失った貴族も、

在り方が貴族であれば

畑を耕すようになっても
貴族である。

刀を失い、武士と呼ばれなくなっても、
ペンに持ち替えて成功した人は大勢いる。

退職した偉大な社長は、
次の日からは単なるオッサンなのか?

そんなはずはない。

肩書き、ステータス、
持ちもの、
すべてなくなっても残るその人が、残る。

その時本人が自分をどう捉えるか?

それが、
セルフイメージなのだ。

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